B01 全自由度量子化学と光コム精密分子分光で解き明かす核の量子効果

研究代表者:

岩國加奈

(電気通信大学・レーザー新世代研究センター・准教授)

分子は原子核と電子から成る異種粒子の有限量子多体系であり、基礎方程式であるシュレディンガー方程式を厳密に解くことで分子の振る舞いを正確に理解することができます。従来の量子化学計算では、点電荷として近似した原子核から生じるクーロンポテンシャルの下で電子のシュレディンガー方程式をいかにして解くか、という観点で発展してきました。このような近似の範疇では原子核の量子性が説明できず、特に水素などの軽い原子を含む分子の特異な性質を評価することができません。原子核の量子性は水素分子イオンから始まる星間分子進化過程においても重要な役割を果たしており、その過程の分子論的描像を構築するには、電子のみならず原子核を量子力学的に扱うことが必要です。分子の定常状態を遷移周波数と遷移強度を指標として観察する分子分光実験では、原子核の量子効果の影響をスペクトル線の分裂として定量化できます。しかし、これを評価するための理論的な枠組みが十分に整っていないことや、水素原子の量子性が重要な分子系の高精度スペクトル取得には実験の測定精度・感度の向上が大きな課題となっています。そこで、B01班では、電子と原子核も同時に含んだ全自由度を量子力学的に取り扱うためにA班で開発される無限小変位ガウス・ローブ関数展開法を分子に適用します。これにより分子の定常状態エネルギーについて分光学的精度を凌駕する計算が可能になると考えられます。また、分光実験においては光コムと呼ばれる特殊なレーザーと最先端の高感度分光手法を組み合わせた新しい精密分光法を開発し、これを用いて多次元のトンネル分裂のような複雑な系に対しても原子核の量子効果を定量的に評価します。このように全自由度量子化学計算と新規の精密分光実験の融合により、分子内あるいは分子間ネットワークにおける原子核の量子効果を理解・予測・活用する基盤を形成します。