本領域について
領域代表
肥山詠美子
(東北大学・理学研究科/理化学研究所・仁科加速器科学研究センター・教授/室長)

本学術変革領域研究では、粒子数3~100にわたる異種粒子を含む量子多体系の精密解を 与える理論計算のプラットフォームを構築し、ハドロン、原子核、原子・分子の各階層における精密実験と協働することで、宇宙の量子物質の形成・進化の解明に革新をもたらすことを目的としています。宇宙では図1のように、ビックバンで生み出された素粒子クォークから陽子や中性子が作られ、これらが集まり原子核、そして電子をまとい原子や分子へと進化し、宇宙空間に広がりました。この星間ガスが重力によって集まり星が形成され、大質量の恒星はその後、超新星爆発を起こし、最終的に重力で束縛された原子核とも言える中性子星へと至ります。この宇宙における物質進化の過程には、解決すべき様々な課題があります。宇宙空間での分子形成はどう進んだのか、ウランなどの重い元素はどのように作られたのか、物質進化の最終形態である中性子星の内部はどういう粒子で形成されているのか、などです。

これらの課題は、電磁気力や核力で結びついた100体系程度までの有限量子多体系の基礎方程式(シュレディンガー方程式)を高精度で解くことができれば一気に解決に向かいます。今までは、基礎方程式を解く計算は、5体系以上になると極端に計算精度が落ちるために、それぞれの課題ごとに個別にモデルを仮定し、実験を再現するようなパラメータを使って計算が行われてきました。しかし、モデルの信頼度が低く、実験データの乏しい対象には予言能力がありません。また、日本が世界に誇るJ-PARCやRIBFなどの実験施設から提供される高精度の物理実験データに対して、その物理的な解釈を正しく行うことも困難でした。
近年、世界最速のスーパーコンピュータ「富岳」が登場・運用されたことや計算アルゴリズムが進化したことに加え、計算コストを大幅に減らすことのできる量子アニーリングの登場などにより計算科学が大きく進展しています。計算科学のエキスパートと協働することで、量子多体系の精密計算がまさに現実味を帯びてきています。このような好機を生かして、本領域では原子・分子、原子核、ハドロンまでの幅広い階層に跨って適用できる、画期的な高精度の有限量子多体系計算法を確立し、宇宙の量子物質の形成・進化の研究の質的変革を目指します。具体的には、図2に示すように10程度までの粒子系に適用できる厳密計算法である無限小変位ガウスス・ローブ関数展開法(GEM)と、数10から100程度の粒子系に用いられる大規模殻模型(LSM)や密度汎関数理論(DFT)とを融合・統一することで、粒子数が3~100程度の量子多体系を高精度に扱う計算の統一プラットフォームを構築します。そして、この統一プラットフォームをそれぞれの階層の実験研究と組み合わせることで中性子星内部の構造、星間分子の進化過程や重元素合成過程の解明に挑戦します。また、原子核、量子化学研究分野にとどまらず、宇宙の量子物質を取り扱う多くの分野で壁となっていた問題の解決につながると期待しています。


本領域の全体像を図3に示します。領域の中心に数値計算理論グループ(A01,02,03)を配置し、有限量子多体系計算の統一プラットフォームの構築を目指します。
A01 | 10体を超える量子系の厳密計算への挑戦(研究計画代表者:肥山詠美子) |
A02 | 密度汎関数法の精密化で挑む元素の起源と高密度核物質の物性(研究計画代表者:吉田賢市) |
A03 | 有限量子多体系計算の統一プラットフォームの構築(研究計画代表者:金森逸作) |
理論班が構築する有限量子多体系計算プラットフォームを最大限活用できる研究領域に実験グループ(B01,02,03,04)を配置し協力することで、宇宙の量子物質の進化や形成の解明に挑みます。また実験班はプラットフォームの精度保証やプラットフォームのインプットとなる相互作用を提供する役割も担います。
B01 | 全自由度量子化学と光コム精密分子分光で解き明かす核の量子効果(研究計画代表者:岩國加奈) |
B02 | 散乱実験と格子QCDの協働による重粒子間力の解明とハイパー核研究への展開(研究計画代表者:三輪浩司) |
B03 | 重元素合成過程の解明に向けた重い中性子過剰核の研究(研究計画代表者:西村俊二) |
B04 | 精密数値計算を用いた小型中性子源の高度化(研究計画代表者:川崎真介) |
B01班では、プロトン化分子の精密スペクトルを決定し、A01のGEMの計算との比較でGEMの計算の精度を保証します。そして、宇宙の量子物質の解明の1つである、星間分子の研究を実施します。B02班では、ハイペロンを含めた重粒子間相互作用を決定し、これをインプットとしてGEM、DFTとで広い質量領域のハイパー核の構造を計算し、実験と比較することでΛハイペロンに関する多体力を調べます。また、中性子星の状態方程式を求めることで、中性子星内部の高密度物質構造の解明に挑戦します。B03班では、重い中性子過剰な原子核の質量と半減期の実験値と理論を比較し、DFTの精度を検証します。A02班と協力して、実験で測定不可能な領域の原子核の質量を予言できるDFTの構築を目指します。さらに、B04班は構築した計算プラットフォームの社会貢献を目指す1例として、産学連携の一環である小型中性子源開発に適用します。
ここで示したテーマに限らず、量子多体系問題の精密計算法は汎用性が高く、広い分野の研究者の利用が見込まれます。汎用プログラムを整備して公開することで、様々な分野での活用されることを期待しています。さらに、この領域研究によって、宇宙における量子物質の世界が大きく発展することが期待されます。